2009年11月09日

南京―引き裂かれた記憶

 この映画の試写を見たとき、『富を「引き寄せる」科学的法則 (角川文庫 ワ 5-1)』という本がカバンに入っていて、すごく複雑な思いだった。この本は山川さんとくにお勧めの本なんだけど、いわゆる「引き寄せの法則」でいわれる「悲しい気持ちにさせるものは見ない」「遠くで飢えている子供たちのニュースは見ない」「過去の戦争の話は聞かない」ということが書いてある本だったのだ。

「伝えなければいけない事実がある」
vs
「世界を良くするために必要なことはあなたが幸せになることなのです」

 どっちが本当?

 この映画を見て私がおぼろげに出した結論は、「悲しさ」を受け止めながら「幸せ」でいることは可能なんじゃないかってこと。
 この映画では、南京大虐殺の証言を加害者・被害者の立場から綿密に取材しているが、それは本当にひどくて悲しい話なのだが、でも、「不幸」というのとはちょっと違う。不幸なのは、それを憎しみの連鎖やイデオロギーに転嫁させることで、この映画からは、「私たちがいいたいのはそういうことじゃないんです」というのが伝わってくる。ただ、ひとりひとりの、消すことのできない過去に寄り添おうとしただけなのだ。「寄り添う」という態度に、「不幸」は似合わないのではないか?

 ある元兵士の証言。

「死体を焼くのは川の辺りで見たわな。陥落からしばらくしてからやな。夜、飯盒で飯炊こうとしたとき、クリークの水が真っ赤になっとった。死体を放り込んだからやろな。そのまま焚いたからご飯が赤こうなったんじゃ。それを食ったんじゃ。朝見たらクリークは死体だらけで、水が血で真っ赤になっとった」

 それに、政治的事件の名前をつける必要があるのだろうか。あったのは、ひとりひとりの、悲しくて自分ですら受け止められない、つらい記憶だけなのだ。
posted by ishizuka_tomo at 21:34| | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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